カラビナスは悩んでいた。 カラビナスは、「八象限の神」と呼ばれる中の一人である。 「八象限の神」はそれぞれ三つの方向を持っており、それは三次空間上における自分の存在空間を示している。 カラビナスは「正負正」の方向なので、前左上を正とすれば「右前斜め上」の方角となるだろうか。 しかし、正が前だか右だか下だかを決める要因が何もないので、みんな思い思いに好き勝手の方に動いている。 だから、カラビナスが何の神だろうが関係ないし、実を言うと、このお話にも少ししか関係しない。 忘れてくれ。 本題に戻る。 カラビナスは、同じく「八象限の神」であるヤサラネスの事で悩んでいた。 ヤサラネスの方向は「負正負」なので、カラビナスとは正反対に存在している(はずである)。 なので、自分の思う向きに少しぐらい違いがっても、基本的には関わることはまず無いのだが、 なぜか最近、ヤサラネスと関わることが増えている。 そして、見事に意見が合わない。これでもか!これでもか!と言うほどに意見が合わない。 だから、悩んでいる。 変な奴だ。 ヤサラネスは、やってはいけないわけじゃないんだけど、理解できない言動を取る。何かと非効率なのだ。 ヤサラネスは、誰も何かしたわけじゃないんだけど、何故か機嫌を悪くする。何かと不条理なのだ。 ヤサラネスは、皆も無視してるわけじゃないんだけど、やたら自分の存在を主張する。何かと寂しがりやなのだ。 でも、悪い奴じゃないと思う。 実例を出すと、まぁ、こんな感じだ。 川の魚を取るために、「どうやったら魚は自分の言うことを聞いてくれるか?」を考え出したり。 道ですれ違った人に、「なんでそっち側に行くんだよ。俺が来た方向なのに」とか言っちゃったり。 普通に話している時に、「あ、そういえば」が多かったり。「そういえば、俺明日ちょっと出かけてくるわ」とか。 ほら。悪い奴じゃないんだ。 でも、正直な所を言うと、「めんどくさい」の一言が最も適切、かつ簡潔だろう。 だって、こればっかりはしょうがない。性格の不一致というやつだ。まるで解散したバンドマンみたいな言い方だけど。 そんな奴が、最近はちょくちょく自分のそばに来る。 嫌いたくはないけど、何とかしてほしい。何とかならないかなぁ。 そうやって、今日もカラビナスは悩んでいた。 あと、一人称がカラビナスはちょっとどうかと思うし、区切りもいいので、 一人称を俺に変えることにした。下から。 */*/*/*/*/* 理解してやりたいんだけどさ。 意見というより、性格というより、その存在が俺と合わないな、あいつは。 「よう、また会ったなカラビナス」 やあ。しかし最近は特によく会うな。お前の方向は「負正負」なんじゃないのか? 「うるさいな。俺にとっての方向は俺が決める。どこにいようとお前には関係ない」 俺とお前は正反対の方向であるべきだからな。そうじゃないと1945の精霊達が迷うだろう? 彼らにとってのガイドポストとして、誇りとか、義務感とか、そういうのはないんかね。 「ならお前が反対側へ行けばいい。それだけだ」 俺はずぅっと同じ向きを向いてるぜ。俺にとっての唯一無二の方向だからな。 この方向は飽きない。好きなんだ。俺だけじゃないぜ。他のみんなも、自分の方向を持っている。 自分達がそこにいることで、精霊は迷わない。空間は歪まない。直線は直線を保ち、立方体は立方体を保つ。 そんな意味不明な事に幸せを感じる俺らでいたい。 「ここがお前の方向だって誰が決めた?今、ここには俺とお前がいる。俺とお前しかいない。  2つしかない存在の片方が否定しているなら、その意見はこの場において肯定されていない」 なんか言ってる俺ですら理解できなくなってきたな。さすがヤサラネス、掴めない奴だぜ。 というか、俺が知りたいのは、お前の方向がどうこうとか、俺との方角がそうこうじゃないんだよ。 お前の話なんて昨日で片方の指が全部折れるくらいには聞いてるしな。 あ、これだ。なんで最近、お前の方向はゆらゆらしてるんだ?ってのが聞きたいんだ。 「長いセリフだな。ってそんなん知るかよ!俺は自分を信じてこの方向にいる。  どうしたら理解してくれるんだ?お前にとって俺の存在はそんなに不自然か?そうなのか?」 ・・・最近、何かあったか?今までお前は自分の方向を持っていたんだろ?それを簡単に捨てるなんてさ。 やっぱり変だよ。 「変じゃない」 そうか。じゃぁ変じゃない。で、最近なんかあった? 「・・・なんもねーよ。何も分かんない、って言ったほうがいいか」 痴呆だな。まぁいいや。 そろそろ疲れたから帰る。 「どこへ」 ここらへんで、お前の来ないとこ。じゃまたね。 */*/*/*/*/* あいつは「何も分かんない」って言ってた。 それが気にかかって。 多分なんだけどさ。 自分が分かってない、ってだけじゃないんかな。あいつ。 何かが分からない。何故分からないのかが分からない。分からない自分が分からない。 その方向も、方角も、何もかも。 ただでさえ不安定なやつだからさ。 自分を見つめてなきゃ、崩れちゃいそうなやつだし。 なのに、自分を見失ったら、どうすりゃいいんだよ。どうなっちゃうんだよ。 今のような感じになっちゃうのか。そうか。そうだ。 正直言うとね。 俺もそうなんかもね。あいつ見てて思ったよ。 こないだのあいつとの会話もさ。思ったままに思ったことを言ってたけどさ。 思い返してみると、自分で何言ってるのか全然理解できないのよね。 ねじれの位置にある、同じ箱の枠の関係。 あぁ。また自分で理解できないこと言っちゃった。 こんな感じなんじゃないかな。 自分が分からないもの同士が向き合ったところで、意味不明な会話が繰り広げられるだけで。 それが悪循環を生んで。また意味が分からなくなって。もっと何も分からなくなって。 それは、イヤだな。お互い。 あれ、何か分かりそうな気がする。 自分が分からないもの同士から、何か得れそうな気がしてきたぞ。 俺は「あいつが自分を分かっていない」ことが分かる。 そこから。見つけろ。紐は見えてるんだ。引っ張ったらよりきつくなる。なんとか解けないかな。 あいつは自分が分かってない。俺はそのことを知ってる。俺はあいつの事を1つ知ってる。 逆になれば、あいつは「俺が自分を分かっていない」ことを知ってる? 何も分からないゼロ同士が向き合えば、お互いがイチを知ることが出来るらしい。 なーんだ。「知らない自分」なんていなかった。 自分を知る人を知る。それだけで、自分は自分にとって知る人だ。 あいつを見れば、俺が分かる。 分かることが、分かった。 */*/*/*/*/* よう。来たよ、ヤサラネス。 「なんだよ、帰って来たのか。そのニヤニヤ顔止めろよ。  全部悟ったかのような感じがして気持ち悪いからさ」 んなことねーよ、ニヤニヤ気持ちいいぜ。 お前の不機嫌そうな顔の方がよっぽど気持ち悪いがね。 「気持ち悪いから不機嫌そうな顔してんだろーが。  あと、ニヤニヤ気持ちいい発言もちょっとだけ気持ち悪い」 それはだな、お前がニヤニヤしたことないからだ。すれば分かる。 「意味不明だよ。何もかも。」 だろ?意味不明だろ?だからお前はいつまで経ってもヤサラネスなんだネス。 そして俺は、語った。 ヤサラネスが自分を見失っていることを気づかせるために。 俺も自分を見失っていたことを再確認するように。 お互いがお互いを見れば、何も分からないことなんてないんだって。 「・・・ふーん。お前は、分かったのか」 この通り。何か俺について聞きたいことはあるか? 「今のお前なら何でも分かりそうだしな。聞くこともないよ」 聞いて見なきゃ分かんないぜ。聞くことは知ることにつながるんだぜ。それが第一歩だ。 「たった少しの瞑想で、そこまで悟るお前には、やっぱ聞くことはねーな。  俺も少しわかった気がするよ。おかげさまでな。ありがとうよ」 どういたしまして。 「でも、俺は自分の方向を変える気はないぜ。  変えることもないって分かったからな」 結局そのままなのかよ。 */*/*/*/*/* 目の数だけ、見え方がある。心の数だけ、解釈がある。 そう俺は考えた。 俺には分かるよ。俺の考えだから。「自分を知る」俺に、もう分からないことはないんだ。